VLOG

**アドラー大先生** やっぱりわたし、褒め褒めをやめられません!



─ 褒める理由には、ちゃんと“根拠”がある —


前回の記事では、「褒めるな?」「承認が依存をつくる?」

…そんな声に軽くツッコミを入れつつ、

わたしは褒めるよ!むしろ褒めまくるよ!

という宣言をしました。


そして今日は、その“理由”を3つにまとめて語りたいと思います。

心理学の教科書より、SNSのコメントより、

何よりも“人間としての実感” から生まれた理由です。

【理由①】人は“好意の光”が当たるほど、本来の魅力を発揮するから


人は褒められると、「え、私ってそんな魅力あるんだ?」って気づくことがあります。

自分で気づいていない魅力が、

人からの言葉で浮き彫りになり、

そこから伸びるスピードが、まるで別次元になる。

褒められると、表情も明るくなる、行動が軽くなる。自信の芽が生まれる。


だからわたしは、その人がまだ知らない「魅力の種」を照らす側 でいたい。

これは依存じゃない。これは “他者に与える勇気” です。

【理由②】褒められた記憶は、その人の人生をそっと支える“灯り”になるから


たった一言の褒め言葉が、

その人の人生のどこかで救いになることがある。


・「あの時あの人が褒めてくれたから続けられた」

・「あれがあったから踏ん張れた」

こういう話、わりと本当に多いのです。

褒め言葉はその場限りではなく、


長く残る。芽を出す。誰かを支え続ける。


だから私は、その灯りを投げかける側でいたいのです。

【理由③】“また明日も会える”なんて、誰にも保証されていないから


これが、私が褒める理由の中で一番大事。

「また次に会ったら褒めよう」

「タイミングが来たら言おう」

「もっと仲良くなってからでいいや」

そう思っていたら、その “次”が永遠に来ないことだってあるのです。


人間関係は常に動く。

人生は予想外の連続。

今日のメンバーが、来週も同じとは限らない。


後悔しないためでもあるし、

相手の人生に、少しでも温度を残しておきたいからです。

まとめ:褒めるって、“その瞬間をちゃんと生きる行為”だと思う


褒めるというのは、

一瞬の思いつきでもなく、

甘やかしでもなく、

人をコントロールするテクニックでもない。


「あなたの存在、ちゃんと見えてるよ」

「今この瞬間、あなたにぬくもりを届けたい」


その誠意の行動が“褒める”なんだと思う。

だってその言葉が、

誰かの人生のどこかで灯りになるかもしれないから。


そして——

明日も会えるとは限らないから。